お正月はていねいに年神様をお迎えして幸せを授かろう!

お正月の雰囲気が日本らしくていい

クリスマスの商業的価値が低くなってきている気がする

12月24日のクリスマスイブが過ぎればスーパーは完全にお正月モード。昔はもっとクリスマスはチヤホヤされていた気がします。日本では宗教的意味合いはほぼ無視されて何故かロマンチックなイベントとして認識されており、街中が華やかになりソワソワした雰囲気を醸し出していました。ロンドンでクリスマスを過ごしたとき、日本と違い静かで落ち着いた雰囲気だったので驚きました。お店も開いていないし、日本のようにクリスマスを商業的に見ていないところがステキだと思いました。

「クリスマス・イヴ」って『クリスマスの前日』ではなく、『クリスマス当日の夜(evening)』のことで、24日丸々のことじゃないんだって。出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

 

キリスト教圏内のクリスマスは、恋人ではなく家族で過ごすそうです。日本でもお正月は幸せを授けてくださる年神様を家族でお迎えする風習がありますね。

冬

日本古来のイベント「お正月」の起源

お正月をお祝いするようになった起源は、仏教が伝来した6世紀半ばよりも前だと伝えられており、日本に最も古くから存在する行事です。お正月には「年神様としがみさま」という新年の神様が各家庭にやってくるとされます。年神様は祖霊神(家族または親族の祖先の霊魂)であり、田の神、山の神でもあることから子孫繁栄や五穀豊穣にかかわり、人々に健康や幸福を授けるとされていています。その年神様を迎え入れてお祝いし、たくさんの幸せを授けてもらうために、様々な正月行事や風習が生まれました。またお正月の「正」という字には、「きちんとする・改める」などの意味があり、旧年が無事に終わった事への感謝の意味もあります。

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お正月はていねいに年神様をお迎えして幸せを授けてもらう

お正月前にしておくこと

「正月」は1月の別称です。1日を「元日」(1日の朝は「元旦」)、3日までを「三が日」、7日までを「松の内」(地域によって異なる)といいます。年神様をお迎えするためにお正月前に大掃除をして、正月飾りを飾ります。一般的には12月26日~28日に飾り、松の内が終わったら片付けて、神社で行われる「どんど焼き」などで焼いていただきます。

12月29日は二重苦、12月31日は一夜飾りといい避けます。
「松の内」が地域で違う理由
もともとは1月15日の小正月までが「松の内」で20日に鏡開きをしていました。慶安4年(1651年)4月20日に第三代将軍の徳川家光公が亡くなり、20日が家光公の月命日になったことで、「鏡開きが家光公の命日なのはどうよ?」ということになり、1月11日に鏡開きをすることになりました。1月11日はまだ「松の内」なので、年神様に配慮して幕府は1662年に「1月7日を飾り治め(松の内は1月7日まで)」とする御触書を公布。徳川幕府のある関東は御触書に従うが、影響力が及びにくいその他の地域は今まで通り・・・などの理由から地域差が生まれたらしいです。(諸説あり)
もともとは「お正月」と「お盆」の両方に祖先の霊を祀っていたものが、飛鳥時代の仏教伝来により、夏の祖霊祀りは仏教行事である盂蘭盆会(お盆)と結びついて「祖霊祀り」の意味あいが強くなり、お正月は年神様を迎えての「神祀り」の意味合いが強くなっていったそうです。(参照:お正月なび)

大掃除は多くの幸福を授けてもらうための準備

お正月を迎える準備として大掃除をする風習は平安時代からあったようです。江戸時代以降は、12月13日(婚礼以外は万事に大吉とされる「鬼宿日」)に江戸城で行っていた「煤払い」が巷に広まったことで、一般的に年末の大掃除が行われるようになったと考えられています。煤払いから正月準備は始まるので、12月13日を「正月事始め」ともいいます。

鬼宿日とは
鬼宿日(きしゅくにち)は鬼が宿にいて外を出歩かないといわれ、鬼に邪魔をされず婚礼以外は何事をするにも良い吉日とされています。お釈迦様が生まれた日が鬼宿日だったので「鬼宿日=吉日」という説が有力。二十八宿の中では鬼宿日が最上の吉日といわれています。

12月13日から大掃除が出来れば、もっと家中ピカピカなんでしょうけれど・・・台所には、かまど神(荒神様)がいると言われているので台所だけでもきれいにしておきたいです。水回りは健康に影響すると言いますので、トイレや浴室も出来ればキレイにしておきたいですね。

掃除

松飾りは年神様に来ていただく目印であり、依り代でもある

年神さまをお迎えする目印としてだけでなく、年神様の依り代でもある「松飾り」。

平安時代に「初子(はつね)」と呼ばれる「一年の最初の子の日」に野に出て宴をする文化があり、そのとき松の小木を根ごと引き抜く「小松引き」(貴族の遊び)が行われ、長寿祈願のため愛好する習慣がありました。それがお正月に松飾りを飾るようになった起源と考えられています。

「松」が選ばれる意味
古くから神様が宿ると思われてきた常盤木の中でも、松は「祀る」につながる樹木であることや、古来中国でも生命力、不老長寿、繁栄の象徴とされていました。

竹が門松に含まれるようになったのは鎌倉時代以後といわれています。

竹の先端部の形状
  • 寸胴・・・水平に竹が切られている。江戸時代以前は寸胴が一般的でした。
  • そぎ・・・節の部分を切り口に含んで、笑った口のように見えるため、笑い口として縁起が良いとされています。
    「そぎ」の誕生秘話
    三方ヶ原の戦い(徳川家康vs.武田信玄で、家康が大敗した戦)の最中に新年を迎えた際
    —————————————–
    信玄から家康に送られた歌:
    松枯れてまつかれて 竹類なきたけたぐひなき あしたかな
    (徳川家が滅び、武田家が繁栄する)
    —————————————–
    家康(家臣の酒井忠次が一計)から信玄に返された歌:
    松枯れでまつかれで 武田首なきたけだくびなき あしたかな」
    (徳川家は滅びず、次には武田家を滅ぼす)
    —————————————–
    怒り心頭の家康が門松の竹を「武田の首」に見立てて削ぎ落としたことが始まりという説があるそうです。縁起の良い切り口とされているのに、なんだか血なまぐさい由来です・・・
    参照:http://oedosoho.info/wp/post-8e5e/

    しめ縄飾りは神聖な場所である証で結界でもある

    「しめ縄(注連縄)」は、神聖な場所であることを示す意味があり、神の領域と現世を隔てる結界として不浄なものが入らないようにする役目を果たすと言われています。天照大神が天の岩戸から出た際に、再び天の岩戸に入らないようしめ縄で戸を塞いだという神話から由来していると考えられています。しめ縄に縁起物などの飾りをつけたものを「しめ飾り」といい、神様の降臨を表す「紙垂」(かみしで/しで)、清廉潔白を表す「裏白」、家系を譲って絶やさず子孫繁栄を願う「譲り葉」、代々栄えるよう願う「橙」などが飾られています。

    注連飾り

    鏡餅は家内での年神様の依り代、食べて力をいただく

    神社において、神様にお食事(神饌)を差し上げておもてなしをして、そのお下がりを参列した人たちでいただく行為「神人共食しんじんきょうしょく」を一般家庭用にアレンジしたものが鏡餅です。

    鏡餅は三種の神器のひとつ「八咫鏡」に由来し、天照大神が宿るとされる鏡に似せて丸くし、「陰陽」を意味する2段に重ね、家で歳神様が宿る場所にしたとされます。歳神様をお招きして拠り処となった「鏡餅」を下ろし、それを食べることを「鏡開き」(「開く=末広がり」を意味します)といい、一般的には1月11日に鏡開きをすることが多いようです。刃物で切ることは切腹を連想させるということで、固くなった餅は木槌などで割り、お雑煮などにしていただきます。

    まとめというか・・・

    お正月は普段は離れて暮らしている家族が一堂に集まります・・・が、最近は各々の家庭でこじんまりお正月を迎えることも増えてきているようで、わたしも結婚して22年目になりますが、お正月期間に夫の実家を訪れたことは一度もありません。夫とこどもたちは都合が合えば夫の実家に行きますが、わたしは気を遣い過ぎて疲れるので行きません。義母もわたしに気を遣わず孫と接したいでしょうし、お互いにとってベストな選択だと思います。お正月の過ごし方は時代と共に少しずつ変わっていきますが、年神様をていねいにお迎えし、幸せな1年であるようお祈りする気持ちは変わらず大事にしていきたいものです。

     

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